煎茶花月菴流について

煎茶花月菴流

煎茶花月菴流は流儀煎茶の始祖花月菴鶴翁によって始められました。

流祖鶴翁は天明二年(1782)に大坂島の内小西町に生まれました。生業は酒造業を営んでいました。

姓名田中新右衛門、毛孔、素徳、倹徳、其行などと号しました。

流祖鶴翁は水の研究から、煎茶に深く興味を持ち、高遊外売茶翁に随侍していた聞中浄復禅師に師事し、陸羽、廬仝、売茶翁などの先人と出会い、喫茶の精神的な意義について学びました。

また、聞中禅師、小祇林尼などとの交流で、煎茶道の礎を修得し、文政七年(1824)蓮月既望煎茶式を考案しました。

江戸時代中期の売茶翁は「茶」と「禅」を結びつけた思想の実践者でした。流祖鶴翁は売茶翁のその茶風を引き継ぎ、煎茶道の流儀をおこしました。そして現在まで伝統を継承しています。

流儀とは精神性を型として形式美を表現したものです。

 

 

花月菴流の茶法

花月菴流では淹茶式も煎茶式も玉露を使います。

淹茶式

「淹」は「ひたす」という意味です。

茶銚(急須)に茶葉を入れ、その上より適温のお湯を注ぎます。このようにいれることを淹茶式と呼んでいます。

 

 

 

煎茶式

売茶翁の煎法より流祖鶴翁の創意でできたお茶の煎れ方です。

急須を涼炉にかけてお湯を沸します。適温になったら急須のお湯の中に茶葉を投じて、煎じるようにいれます。これを煎茶式と呼んでいます。

 

 

 

建仁寺 四頭茶会

煎茶花月菴流家元は、毎年、臨済宗大本山建仁寺塔頭両足院にて、表千家、裏千家と共に四頭茶会の副席を務めております。

建仁寺の開祖栄西禅師の誕生日の四月二十日に、栄西禅師ご生誕慶讃法会として、禅院の茶礼が催されます。これが四頭茶会です。

 

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