求道の旅人 聞中浄復 2

中浄復が大典顕常に師事したのは、宝暦八年(1758)二十歳の時でした。

その翌年、大典の第一詩集「昨非集」に跋文を書いています。

この詩集は大坂の木村兼葭堂が版行しました。大典は後年、聞中について次のように記しています。

「・・・余少きより唐詩の好あり、我と好を同ふして、能く之を得る者は其れ聞中か、聞中の詩に於ける、出すに唐を以てせざるなく、亦た唐たらざるを屑しとせず・・・」(『小雲雲稿』の十「題聞中詩稿後」)